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神戸地方裁判所 昭和34年(行)3号 判決

原告 カルロス・タカカズ・ホンダこと本多隆一

被告 神戸税務署長

訴訟代理人 今井文雄 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告は「昭和三二年一月九日被告が原告に対しなした昭和二九年度分相続税価格更正決定(大阪国税局長により課税価格を三、六七六、三一二円と一部取消の審査決定をうけたもの)を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二、原告の主張

(一)  原告の先代本多次郎は昭和二九年七月四日死亡し、その相続人である妻本多ゆきと長男の原告に対し相続が開始したので、原告は同年一二月二四日被告に対し、相続により取得した財産の価格(課税価格)から基礎控除額を控除したものが金一、三七二、七〇〇円である旨の相続税の申告をなした。

(二)  ところが被告は昭和三二年一月八日原告の右申告にかかる取得財産の評価に誤りがあり、かつ脱漏したものがあるとして課税価格を金四、七五五、六〇〇円とする更正決定をし同年一月一〇日その旨原告に通知してきた。そこで原告は同年二月九日右決定に対し再調査の請求をしたが所定の期間内に右請求に対し決定がなされなかつたため、審査の請求があつたものとみなされることとなり、大阪国税局長はこれを審査した結果、昭和三三年一一月七日右更正決定には債務の控除額、山林立木の評価額に一部誤りがあるとして原告の取得した積極財産の価額を合計金八、九八七、八五七円とし、これに原告が相続開始前二年以内に被相続人から贈与を受けた現金三四五、六〇〇円を加算し、この合計額から消極財産の価額合計金五、六五七、一四五円を控除した金三、六七六、三一二円をもつて課税価格とする旨の右更正決定の一部取消の審査決定をし翌八日その旨原告に通知してきた。

(三)  しかし右一部取消された原更正決定(以下単に本件更正決定という)にはなお次のような瑕疵があるから取消されるべきである。

1  前記訴外本多次郎の実子である日本国人である本多隆一とアルゼンチン国人であるカルロス・タカカズ・ホンダとは自然人としては同人物であつても、二重の国籍を有し、日本国及びアルゼンチン国においてそれぞれその国民として納税義務、選挙権等の権利、義務を有するのであるから、法的人格としては別個に評価されるべきである。従つて本件相続財産の取得者即ち相続税納税義務者は右本多次郎の妻ゆき、日本国人である本多隆一、アルゼンチン国人であるカルロス・タカカズ・ホンダの三人である。しかるに被告は法的人格の評価を誤り、右本多ゆきと日本国人である本多隆一のみが相続財産を取得したとして本件更正決定をなしたのであるから、日本国人である本多隆一と同様の相続財産取得者であるアルゼンチン国人カルロス・タカカズ・ホンダの財産取得を否定したこととなる。右のような認定をすることは法規に従つて課税処分をなすべき国家機関である被告の権限外の行為であつて、本件更正決定には重大な瑕疵があり、取消されるべきである。

2  仮に右主張が理由がないものとしても、被告のなした本件更正決定は原告提出の遺産分割協議書(乙第四号証)及び公正証書(乙第五号証)に基いてなされたものであるところ、右協議書に記載された分割方法は後日(昭和三〇年一二月六日)前記ゆきと原告との間で訂正され、その結果相続財産は1に記載の三名が等分に取得することとなつた。しかるに被告は右の協議分割訂正の事実を看過して本件更正決定をなしたものであるから、瑕疵があり取消されるべきである。

三、被告の答弁及び主張

(一)  原告の主張(一)、(二)項の事実は認める。

(二)  相続税法上の相続の概念を定めるには、実体法の相続の概念に従うべきである。たとえ相続人のうちに二重国籍者があつても、相続財産の移転、帰属に関する問題は、法例第二五号により被相続人の本国法に準拠すべきものとされている。本件において被相続人本多次郎は日本人であるから、わが民法によりその相続人は妻本多ゆき及び長男原告の二名(甲第三号証)である。しかも右両名間には次郎の死亡後遣産分割の協議ができており(乙第四号証)、被告はこの分割協議に基いて取得した原告の正味財産について相続税をしたのであるから、原告の本件更正決定に所論のような瑕疵はない。

(三)  昭和三〇年一二月六日に本多ゆきと原告との間で遣産分割訂正の協議がなされたことは不知。かりに右のような話合があつたとしても、これは一旦分割された遣産の新たな贈与として、贈与税課税の対象となることは格別、相続税は相続によつて取得した財産に対して課せられるものであるから、本件更正決定に所論のような瑕疵はない。

四、証拠関係〈省略〉

理由

一、原告の実父本多次郎は日本国人であつたが、昭和二九年七月四日死亡し、その妻ゆきと原告に対し相続が開始したこと、原告は同年一二月二四日被告に対し、右相続によつて取得した財産の価格から取得財産に係る基礎控除額を控除したものは金一、三七二、七〇〇円であると申告したところ、被告は昭和三二年一月八日右取得財産の評価に誤りがあり、かつ脱漏した財産があるとして課税価格を金四、七五五、六〇〇円に更正する旨決定し、同月一〇日原告にその旨通知したこと、そこで原告は同年二月九日右決定に対し再調査の請求をしたが所定の期間内に決定がなされなかつたため、審査の請求があつたものとみなされ、大阪国税局長はこれを審査した結果、右更正決定には控除するべ債務額、山林、立木の評価に一部誤りがあつたので右決定の課税価格を金三、六七六、三一二円とする旨の一部取消の審査決定をし、その頃その旨原告に通知したこと、原告が相続によつて取消した財産の価格から債務額を控除したものが右の大阪国税局長の認定した課税価格金三、六七六、三一二円であることはいずれも当事者間に争がなく、昭和二九年七月四日の本件相続開始当時、原告が日本国とアルゼンチン国の両国籍を有していたことは被告の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなされる。

二、成立に争ない乙第一号証の一、二及び乙第八号証によれば、被告は本件更正決定において、原告が前記のとおり二重の国籍を有することには関係なく、神戸市生田区山本通五丁目六二番地の一に住所を有する一人の相続財産取得者として前記課税価格を認定し、取得財産に対する基礎控除額を金五〇万円として原告に対する課税額を算出していることを認めることができる。原告は、右のとおり二重国籍を有するから、相続税課税にあたつても、日本国人たる本多隆一とアルゼンチン国人たるカルロス・タカカズ・ホンダの二個の人格を有するものとしてそれぞれ課税価格を決定し、各課税価格から基礎控除額を控除して相続税額を算出すべしと主張するので案ずるに、相続税法(昭和三三年法律第一〇〇号による改正以前のもの。以下同じ)第一条によれば、相続税の納税義務者は「相続に因り」「財産を取得した個人」であるところ、何人が相続財産を取得するかは法例第二五条により被相続人の本国法、本件においては前記本多次郎の本国法である日本国法に準拠して定めることとなる。ところで、本件において相続により財産を取得する個人にあたるものは、被相続人本多次郎の配偶者ゆき(民法第八九〇条)と直系卑属たる原告(民法第八八七条)の両者に外ならず、たとえ原告が日本国とアルゼンチン国の二つの国籍を有するからといつてわが民法上国籍ごとの二人の直系卑属があると認め難いことは、民法第一条ノ三において「私権ノ享有ハ出生ニ始マル」とし、相続権という私権は胎児についての例外(同法第八八六条)のほか、出生後の自然人についてのみその享有を認めている点からしても明かであり、国籍が二つある関係上、二国の各法律により各別に人格が認められるにしても、それは結局一個の自然人について認められるに過ぎないから、そのことをもつてわが民法上の相続権享有の二個の権利主体と認める余地は全くないのである。又原告が主張するようにわが国と他国との二重国籍を有するに至つたものが、わが国において納税義務、選挙権等の権利義務を有し、かつ他国において同様の権利義務を併せ持つということは単に二個の異つた国籍を有することの効果であつて、権利主体として二個に評価されるからではない。そうしてみれば被告が本件相続財産の取得者を定めるに当り原告が二重国籍者であることに拘泥せず、原告と前記本多ゆきの二名と定めたのは正当であつて、法的人格の評価を誤つたものとはいえず、従つて原告の主張するように被告はその権限外の認定をしたものということはできない。

三、成立に争のない乙第一号証の一、二、第四、五号証、第七号証の一、二、三、第八号証によれば、昭和二九年一一月三〇日付で被告並びに神戸地方法務局長宛に提出された相続財産分割協議書(乙第四号証)及び昭和三〇年一月二九日付神戸地方法務局所属分証人山崎敬義作意にかかる公正証書(乙第五号証)記載のとおりの協議分割が相続人である原告と訴外本多ゆきの間でなされたこと、本件更正決定は右の分割の協議にもとづいて各相続人の取得財産を認定していることを認めることができる。

ところで原告は右の協議分割はその後昭和三〇年一二月六日訴外ゆきとの間で訂正され、その結果相続財産はゆき、日本人である本多隆一、アルゼンチン国人であるカルロス・タカカズ・ホンダの三人に三等分されることとなつたと主張するが、成立に争ない甲第十二号証は、単に原告主張の日頃原告とゆきとの間で電信による通話がなされたこと証明し得るにとどまり、右通話と原告主張の訂正協議の関係は明らかでなく、その他原告提出の証拠によつても、未だその主張のような訂正協議が原告と右ゆきとの間で成立したことを認めることはできない。従つて原告主張のような話合いがなされたとしてそれを協議分割の訂正とみるか、一旦分割された遺産を改めて贈与するものであるかについて判断するまでもなく、この点に関する原告の主張も又失当といわねばならない。

四、よつて原告の主張はいずれも理由がないから、原告の本訴請求を棄却すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小泉敏次 前田安夫 大石忠生)

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